月別アーカイブ: 3月 2011

天の白滝 五

血溜まりの中で俺は何をしている。俺はしらたきを抱いている。俺に何ができる、将来の俺をどうすればいい。将来の俺を殺せばええんか。しらたきを殺してしまう前に俺をこの手で殺せばええ。死んだらもうしらたきとおれんのか、もう逢われんのか。俺の罪、そうゆうことか、そうゆうことやな、俺さえ死ねばしらたきは死なずに済む。
死ぬしかないやろ。
そんな将来が決まってたんじゃしらたきを愛するにも愛されへん。一寸刻みに俺の将来に殺されてくみたいや、毎日ちょっとずつ身体刻まれてなくなってくようや。死にとおないよ、小さいしらたきを残して死にたくなかったのに。

あんさん最近博打ばっかやんけ、帰るん遅いんじゃ。しらたき、ほっんますまん、俺もほんまはずっとしらたきの傍におってやりたいんやけどな、しらたきい堪忍やで。しらたきを抱きすくめながら俺は泣きそうになるんを必死にこらえ、堪忍な、堪忍な、としか言えんかった。

次の日、俺は博打場で如何様を働いたやくざに喧嘩を吹っ掛け殴り合いの挙げ句、仲間等から袋叩きに合いぼろぼろになった俺を見付けた弥五に家に連れて帰られた。腫れ上がった目の隙間からしらたきの泣いてる顔が見えた。俺は何をやっているんやろう、いつかはちゃんと働いて未来を覆すとの意気込みは何処行ってん、なんで俺はこんなんなんや。しらたきが可哀想でならんやないか。博打で稼いだ金をようさん残して死ぬ。それしか俺には出来ひんのか。無念、無常為り、て俺このまま死ぬんちゃうの、嫌じゃ、やっぱ死にとおない。しらたきのお嫁に行く迄死にたくない、いやしらたきがお嫁に行ってもうたら逆に死にたい俺。しらたきを弥五が奪ったら弥五は殺す、うわあ頭がぼわんぼわんしてきた、助けてくれ。しらたき俺は絶対死なへんよってに安心しろ。そう言うたかと思うと俺はそのまま昏睡に陥った。
しらたきが笑っているよ、そう俺に向かって笑いかけているよ、ああしらたき何がそんなに可笑しいんよ、ちょうくすぐったいっちゅねん、なんやね、ははは、ああ?しらたきまたしょんべんもらしたんかあっ、臭い臭い、くちゃいがな、つっめたっ、臭いしつうめたっ。俺の顔の側に何かいる、くさっ、これは兎やないかっ、なんで兎がこんなとこにおんねや。おい、しらたき。何処行ったんやあいつ、体中痛うて起きれひん、ああ、兎しょんべんしとる、んもう、あいたたた。とその時戸が開いて弥五としらたきが帰って来た。あ、兄貴目え覚めたん、なんか食いまっか?いろいろ買うて来たよってに。ほうか、おおきにな、ほたら雑炊でも作ってもらいまひょかな。へへ、お安い御用で。おい、しらたき。逃げ出した兎を小屋に入れようとしているしらたきは振り返った。なんや。ええからこっちゃおいで。ちらちらちらと走って俺の寝てる前にしらたきは座った。弥五と買いもん行って来てんな、楽しかったか?楽しいことないわっ。ははは、なんでや、まさかなんか変なことされたんちゃうやろな。変やであいつ。何が変なんや?なんかな、変にな。うん。優しいで。わはっは、ほうか弥五は変に優しいやっちゃなんや、ええやんけ恐いほうがええか?ううん。しらたきは弥五の優しさに違和感を持っているようだった、人間は何かわけがわからなくて恐いとしらたきが感じるのは例え相手が優しい人間であろうと恐怖の対象になってしまうというしらたきの頭の中は思ったよりも鋭敏で、俺の心は心配と賞賛の混じり合った気持になる、やはりこいつは俺に似とるな、血が繋がっとらんでも一緒におったら似て来る訳やな。
雑炊出来ましたでえ。弥五が作った雑炊を三人で食ろうた。弥五、美味いやんけ。せやろ、ずっと妹の面倒俺が見とったさかいな。そやったな、お前も苦労しとるわ、妹は奉公に行ったんやったな、たった一人の家族と離れ離れになるっちゅうのはほんま寂しいやろ。兄貴い、わかってくれてわい嬉しいわあ、一生着いてくで。一生か、一生お前と離れられんちゅうことか。兄貴離れたいんかいなあ、俺ほんま兄貴のこと慕っとるのに。ぶははは、冗談やがな。冗談きついっすわあ。そんな話を聞きながらしらたきは黙々と雑炊を食っている。このまま何も起こらず過ぎてゆくならば。家族団欒とゆうもんを求めに求め過ぎてどうしても手に入らんがかった為に畏れるようになったんやった俺は、忘れようとしてほんまに忘れたことを少し思い出す、俺の忘れたもんは楽しい情景ばかりやったんやろう。忘れたくない俺はもう。ホケッキョと鶯は鳴き春の風がそよかに居間に入って来た。

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天の白滝 四

一番恐ろしいのは何よりも己である。なんやどっかの哲学者がゆうてそうなことやね、はは、ほんまに恐ろしい俺は俺が一番。過去に起きたことを未来にも起こすわけに行くか、俺はあまりにも罪深過ぎる、まだ許してはもらえんっちゅうことなんか、せやから俺はまた悲しいことを繰り返そうとしてんのか、俺はどうすればええの、神が望むもんはなんなんや、この俺に。その日が来るのが恐ろしいてならんよ、なんでよりによって俺の一番愛おしいしらたきを殺さないかんの、わけわからひん、神は狂っているのか、狂っているのはこの俺か。 血生臭い真っ暗闇の過去と未来が去来して俺を襲うそんな毎日におってほんまやったら狂ってしまってもおかしないやろう、辛うじて俺が狂わずにおれるんはしらたきがおるからや、しらたきを俺が絶対守り抜くと決めたんや、殺してたまるか。神さんよ、悪いがこれだけは譲れへんねやわ、多分何かの手違いの筈なんや。そうに決まっとる。

 

兎やろ?これ。祭りからの帰り道しらたきはそう俺に問うた。耳長かったら兎やろな。ほな、これ兎じゃ、ぼく初めて見よる、兎って何食うん?さあ、草とか木の実とかとちゃうかなあ。ほな、こいつ外で飼うん?家ん中では飼われんで、そいつ糞もしょんべんもし放題なんやさかい。こいつ厠で糞せえへんの?させてみる?こいつ絶対嵌まると思うよ?嵌まったら死ぬかも知れんで?それは嫌や、ほなこいつ外で飼おう。今日はしゃあないから家で寝さそか。うん。

 

外れてくれっ。丁。あちゃ、また当ててもうた。こない当たっては博奕もおもろない。最近変に冴えて来とる、なんでなんや、鈍ってほしいのに、ますます働かれん、それは言い訳か。おい弥五、けえるで。えっ、兄貴もう帰るんか、わいまだ一回も勝ってへんのに。今からしらたき連れて飯食いに行こ、奢ったるさかい。へい、兄貴、おおきに。

 

家に帰るとしらたきは庭に作った柵の中の兎小屋の前に座っていた。しらたき、飯食いに行こか。小屋の中を覗き込んでいたしらたきはこっちをけろっと向いた。ぼく、家で食いたい。なんでや、家で作るんは同じようなもんばっかで飽きひんか、店やったらいろんなもん置いてるし食いたいもん食えんねんで?人が苦手なんも少しづつ直してかなな、よっ。俺はふて腐れてるしらたきをひょいと抱き上げ肩車をしてやった。

ゆうやあけこやけえの赤とんぼ。夕焼けがやけに哀しい、こんなたまらん情緒が俺に訪れるとは、わからんもんやな、人生っちゅうのは。やさぐれて冷酷に人をも殺す、今までの俺は一体何処行ってん。しらたきが傍におる時にそんな自分を思い出したない。おんぶがええ。お、そうかそうか、おんぶでもだっこでもしまっせお嬢さん。隣で弥五が、わいもおんぶしたいわあという顔をしている。ああ、ずっとこのまま思い出さんかったらええのにな。眩しい夕陽が目に滲みる。あと何回夕陽落ちるまでこうしてられんねやろう。 ああ腹減った、背中にかかるしらたきの重みが心地好うて腹は減る。向こうの方の空にはもう水墨のように薄めた夜が人間に実感させん速さでじりじりとにじり寄ろうとしていた。


天の白滝 三

平穏を恐れていた、なんでかわからんががきの頃から平穏で平凡な道だけは歩むまい、そう思て自堕落を好み働かず孤独を極めたろ、そない思てずっと俺は生き て来たんや。しかし俺はしらたきを見つけた。俺の予知は今まで外れたことはないよ、けどな、けどこれだけは、この未来だけはなんぼ神さんの命令でも、実現 させてもうてたまるかっちゅうんじゃ、俺は悔い改めるんや、働いたらあっ、しらたき守る為や、俺が変わったら未来も変わるはずなんや、しらたき安心せえ、 俺は未来と闘うからな、しらたき殺すなら俺を殺してくれ、頼むわ神さん、この通りや。

俺の中には恐ろしい鬼が住んどる、今まで殺した人間らの魂の怨みが引っ付いて取れんのや。
しらたきだけは殺さんとってくれ、俺。

夜桜を照らす祭提灯がゆらゆらと揺れて、少し肌寒いが気持のええ宵に酒が飲みたくなる、従来の俺やったら。しかし今は隣にちびっこい奴がカランコロンと軽快な下駄音鳴らし緊張した面持ちで歩いている。
露店が並ぶ往来には人だかりも出来ていて賑わっとるな、しらたきは大丈夫かなと見てみると案外平気そうで安堵する、と急に腹の虫が鳴り出した。そこらかし こに甘い香りに美味そうな匂いが漂っている。しらたきなんか買うてほしいもんあったらゆいや、今日はなんでも買うたるさかい。金に余裕があるわけではない が、祭りの日ィくらいほしいもんを買うてやりたいと思っていた。今日だけ贅沢してあとは慎ましい生活を送るっちゅうのが村民の暮らしなんや、それが醍醐 味っちゅうやつなんやでとしらたきもわかるんやろなあ、とそう思っていると。ぼく、なんもいらん。なんや、まだ腹減っとらんのか、さてはなんかつまみ食い したな?ちょう、腹が痛う。腹痛い?そりゃ困った、そこら辺で野糞出来るか?嫌や。あっ、おい、何処走ってくんや、漏れてまうで。しらたきは混乱のあまり か人の間を擦り抜けて走り出した。子供が突然ぶつかって来た人らの口々に、うわっ、とか、あひゃっ、とか、こらわれ、と言う隙間を縫うように俺は走って追 い掛ける。中には烏賊焼きをもろとも落として、この糞がきがあっと怒鳴る若者もいるが、俺は別に保護者ではないからね、という顔で只ひたすらに追い掛けた があいつは足がやたらと速くてなかなか追い付かれんしこの人だかりをすいすいと大人ではゆけん。とうとう見失ってしまった。
往来を抜けると広い御宮の境内では太鼓が小気味良う鳴って河内音頭に合わせてみな陽気に踊っている。少し途方に暮れながらも体が勝手に踊り出しそうになる が踊っとる場合ではないと思いしかしぼんやり夜桜の美しさに見とれておると、横から、おお、兄貴来てたんか、待っとったで、と弥五やんの声が祭囃子の間か ら聞こえた。弥五は近付いて来るや否や、非常に落胆の表情に変わった。こいつはほんまにわかりやすう、憎めんやっちゃと思うと、あれっ?と弥五の顔がまた ぱあっと急に変わった、俺の後ろを見て、如何にも嬉しいてたまらんというような顔を向けている。俺はそれだけでもうわかった。俺の後ろにはしらたきがきっ と怯えた顔で突っ立ている、もしくは糞をちびってもうてまた洟水だらけの泣きっ面でおるに違いあるまいと。俺は後ろを向いた、するとしらたきは確かにそこ におった。しかし、おったのはしらたきだけではなかった。しらたきは何かを抱いていた、毛むくじゃらのちいこい生き物。しらたきはとても晴れやかな顔で大 事そうに抱いている。ふむ、勘は外れた、それはこうゆうことね、しらたきは糞を誰かが見ているかも知れん場所なんかで垂れてたまるかあほんだらあと思い、 一目散にうわあっと走り抜け山奥まで走って行きました、そしてようやく落ち着いて野糞でけた、よかった、ほっとしたのも束の間か、なにかこっち見てるで、 おい、なんやあやつは、きゃつは一体誰?獣には違いないが、小さ過ぎる為にまさかわしを食うとかしないでしょう、獣が近付いて来たよ、まさか糞を食う生き 物とは思わんが、念のためやはりこいつは捕まえようかな、そして捕まえました、抱っこしました、なんやこやつふわふわやんけ、持て帰ろってなわけですよ、 だんな、おほほん、そうかそうゆうわけでこいつをうちで飼いたいと、ははは。しらたき逃がしておいで。しらたきは聞く耳がちぎれてどっか行きましてん、ほ な。みたいな顔で俺を見ている。俺は振り返り弥五やんに助けを求める顔を向けようとした、すると、弥五の馬鹿野郎は、えらい可愛いの取っ捕まえて来たな あ、兄貴せっかくやし飼うてあげたらどうや、とほざきやがった。ちょちょちょう待ってえな、俺かて飼うてやれるもんなら飼うてやりたいよ?そんなん俺こう 見えて動物好っきゃしな、けどな、けどやで、現実問題考えてみいな、生き物はいつか死ぬわけよ、な?と、どうなる?このしらたきには初めての死になるわけ や、死を知る、一番つらいことをな、そんなん俺、無理、しらたきにそんな哀しみ与えるん俺、無理。と俺は頭の中で思ったが、どないすればええかわからん かった。もう一度俺は声を出してゆうた。しらたき、無理や、離したろ。しらたきは一向に我も無理と態度で示している。ふむ、お手上げや。よっしゃ、飼お。 しらたきと弥五の顔がぱあっと花咲いて、俺は酒を買いに行った。酒を飲んで踊りながら俺は思った、あいつ淋しかったんやろな、そりゃそうやな、俺がおらん 間ひとりぼっちやもんな、あいつなんもゆわんのな、しらたき林檎飴食うてる、くそ、弥五に買うてもろたんかあっ、俺が最初に買うてやりたかったけど、そう いや俺先自分の酒買うて踊ってんのやったあっ、くそう、祭りはやっぱり楽しいなあ。
祭り囃子で精神を昂揚させ、俺は何時かの悪夢を消し去るかのように踊っていた。


天の白滝 二

しらたきを殺した。俺が?なあ、神さん、なんで俺、殺したん、しらたき、しらたき、目ぇ覚ましてくれ、俺のしらたき。

血の海、そんな阿呆な。

しらたき、はよ起きい、飯食わんかい。もぞもぞしとるしらたきから布団をばりっと剥がしてみたら、みてみ、勘当たっとる、この小便垂れ小僧がっ、と逃げようとするしらたきの襟口を掴むと寝巻きだけ剥がれて裸ん坊のしらたきはうきゃっきゃと鳴きながら走り回る土間を裸足で駆け回る、俺も裸足で土間を走ると何かが足に刺さって、あいたっと叫ぶ。それを見てしらたきは余計にうきゃきゃと大笑いしだす。足の裏を見るとご飯粒の塊であった、ほっとすると、しらたきは御膳の前にちょこんと正座して飯を食っていた。怒る気も失せてもうた、あいつは賢い子や、ただもんとちゃう、駄々もんではあるがな。
しょんべん臭い布団で寝るん自分やのにな、飯食ったら自分で干しや。わあっとるわいや。
朝起きたらまず顔を洗いなさいとゆうておるでしょ。顔なんか洗わんでも死なんからええねん。はっはあ、さてはおぬし知らぬのか。なんがや。顔の垢が大好物やという妖怪の話や。そんな話は初耳や、で、どんな妖怪なん。朝に顔を洗わん子供の垢を舐めに来る茶色うて糞みたいに臭くて汚過ぎて一瞬見ただけでも狂って死んでしまいそうなほどの顔の周りだけ脛毛が一尺ぐらいあって背が一尺くらいのいつも笑ってて伸びた鼻毛と眉毛が繋がってて舌が三尺ほどある気色わあるうい妖怪や。みるみるうちに顔色が変わって行くしらたきを見て吹き出しそうになった。そ、そんな妖怪お、おらん、まあでも顔洗ったらさっぱりしてええ気分なるしな、ちょう洗ってこよう。しらたきはてけてんつくてんと走って行き井戸水を溜めてある洗い場に顔を洗いに行った。ふははは、可愛いやっちゃ、小便大好物妖怪の話も作ったろ。

昼過ぎに弥五やんが顔を出した。また来よってからに。へへ、これしらたきに似合いそうやて思って持って来たんや、知り合いの娘のお古やけどな。弥五やんは嬉しそうに包みを解くと中には鮮やかな桃色と薄青い紫色の可愛らしい浴衣が入ってあった。あさって祭りがあるさかい持って来たんや。祭りか、こいつ祭り初めてやな、人に会うんが苦手なんやが大丈夫やろか。おい、しらたきこっちゃこんか。弥五やんが来るといつも箪笥の隙間に入って隠れているしらたきは、ぴょこっと顔を出して浴衣を見ると物珍しさからかにょほにょほと好奇心の混ざった目を輝かせながら出て来た。しらたきの姿を見て弥五やんの目も輝きを見せる。俺は俺でやはり祭りは楽しみで俺の目も今輝いてるのかなあと思っていると弥五やんがしらたきを抱っこして膝上に乗せやがった、俺は何故かそれを見てむかついた。しらたき、今これ着てみいや。早く弥五やんの膝上から下ろしたあて俺は言った。しらたきは固まってこけしのような姿と化している。気の毒でならん。弥五、今からしらたきを着替えさすからおまえ向こう向いとき。えっ、なんでなんや、しらたきまだ子供やんけ。笑いながらも何か焦ったように言う弥五の奥底にあるもんを俺は見逃さんかった。ええから向こう向いとけ、しらたきこれでえらい恥ずかしがり屋なんやわ。わあったわあった、後ろ向いとくよってに。しかし俺は着替えささずにしらたきの背と合うかを見てどうやら合うようなのでそれで終わりにした。弥五やんは、残念で仕方ないという顔で、俺に請うた。兄貴、それはないですやん。誰が兄貴やねん。わい今日からそう呼ばしてもらうわ。好きにせえ。
弥五が帰った後もしらたきは浴衣を手に取ってみたり、とそわそわとしておった。あまりに微笑ましいその光景にあの陰惨でむご過ぎる光景が重なりそうになり俺はぐっと歯を食いしばった。油汗がたらたらと流れて来る。そんな俺に気付いたしらたきは心配そうな顔をした。あんさん、変やで、下痢か?すっと呪縛が消えたようになり、しらたきに近付いた。あさっての祭り行きたいか?祭りってどんなんなん。御宮で笛や太鼓を調子よお鳴らしておっさんがうとたりそれに合わしてみんなで踊たり露店で食いもんこうて食うたり金魚救たりいろいろ楽しい賑やかなもんや。ぼく行ってみたい。よっしゃほた連れたったるわ。しらたきは不安そうな顔で俺を見つめていた。


天の白滝 一

廃屋の中であいつは生まれた。あいつは白かった変に白かった、しらたきみたいなやっちゃな、そうおもて、あいつはしらたき、そう呼んだ。おい、しらたき。なんやねん。しらたき、おまえなんでそんな白いんや。知るかぼけ。可愛いやっちゃな、俺の孤独な毎日に幕が下りたっちゅうわけや、おもてた矢先のことやった。しらたきは死んだ。いや、殺された。誰に。そう思うやろ。へへへ、可笑しいなことに殺したんは俺や。しらたき、あの時はほんますまなんだ。なんのことやねん。いや、覚えてへんかったらええんや、さ、仕度しょ。何処行くのんや。黄泉や。あんさんしっかししとくんなまし、黄泉いてどないすんねや。ははは、おまえおもろいな、冗談やがな、どないしたんや、そんなに俺が黄泉行ったら嫌か。おい、何処行くんや。厠や。なかなか戻ってこんな、しらたき糞硬いんかな、そう思いながら厠の戸を開けたら、しらたきは嵌まっていた。俺はしらたきを厠から引っこ抜きながら笑いが止まらんかった。しらたきは洟を垂れ流して泣いていた。しらたきどないしたんや、おまえ糞だらけやないか。あんさんが悪いんや、あんさんが黄泉いぐとかゆうからや、せやからぼくは嵌まってもうたんや。はははは、あんな冗談で糞だらけなるおまいはほんまおもろいやっちゃ。おっしゃ風呂入ろ。いいちにいいさあんしいい。しらたきが湯舟に浸かってる間に頭を洗いながら俺は思った。しらたきはまだ小さいからあのことは知らさんほうがええんや、しらたき、俺は命賭けて戦うさかい、おまえには傷ひとつつけさせん、ああ、俺が死んだらしらたきはどうなんねやろ。にじゅうきゅうさあんじゅさあんじゅいちさあんじゅにいさあんじゅさん。風呂から上がるとしらたきは下駄を履いて月夜の下の井戸から水を汲んで喉をごうきゅご鳴らして飲んで、俺を見て一瞬にたりと笑ったかと思うとちょかちょかたたたたんと居間を走り抜けぺたんと布団に横になりすやすやと寝息を立てながら眠りだした。しらたきを俺は守れるか、俺は護れるんか、あの日が真っ黒な足音させて俺に近付いてきよる、糞の臭いがまだ仄かにしている。

朝が来たら雀がちいちなと鳴きだす、朝か、あれ、しらたきがおらん、布団は蛻の殻、寝小便しとらん、上出来や。とたとたとったん。しらたき今日はえらいおはようさんやな、どないしたんや。しらたきはへっへへという顔をしている。お膳には味噌汁、白飯、沢庵漬けと並んでいる。しらたきこれおまえが作ったんか。ええからはよ食えよ。顔を洗って、夢かなと思ったが、夢やったら味わえへんがな、と思い走ってお膳の前に座り手を合わして、味噌汁をずずっと一口飲んだ。しらたきは横から俺の顔すれすれのところでじいっと俺を見ている。ふまい。ふまいてなんや。いや、美味い旨いなんやこれ、しらたき何処で覚えたんや。見とってん、あんさん作ってるとこ。しらたきおまえええ嫁さんなれるわ、ほんまうまい。お、おいしらたきい。しらたきは脱兎の如く走り去って行き俺の視界からあっという間に消えた。まあすぐに帰って来るやろ、そうおもてたら夜になってもしらたきは帰ってこんかった。あいつまたどっか嵌まってんのとちゃうか、心配になり探し回った。途中弥五やんと出くわし、しらたきを見んかったかと聞いた。しらたき、見いひんなあ、なんならわいも一緒に探したるわ。弥五やん、おおきに。散々探し歩き、遠く離れた村の糞溜めにしらたきが嵌まっていたのを見つけた。弥五やんにも手伝ってもらいようやく助け上げたしらたきに弥五やんは仄かな想いを抱いた、それが何故か弥五やん自体知るよしもないことだった。それから、毎日のように弥五やんは手土産を持ってしらたきの様子を見に来た。糞だらけになった子供っちゅうのはそんなに愛らしく映るものなんかのお、と俺は思った。弥五やんが俺の見とらん間にしらたきにちょっかい出さへんかはらはらしていた。これじゃ俺が死んだらしらたきは弥五やんの嫁になるんちゃうんか、弥五やんはこの村一番のええ男やけども、なんなんやこの気色悪い胸の内は。俺が死んでしらたきを独りにするわけにはいかんけども、そやけど、どうにも気色悪い。あんさん顔色悪いな、糞溜まっとんちゃう、はよ厠いてこいや。ほな、いてきまふう。くそ、なんなんやこの胸糞悪いんは。俺は厠でしゃがみ込みながら考えていた。それにつけてもしらたきは最近よう糞まみれになりよるな、それにつけても臭い、しらたき臭かったなあ。なんぼなんでもまだ早すぎるやろ、弥五の野郎なん考えとんねん。こうしとる間にもあいつ来てんちゃうか。しらたきはまだ洟垂れ小僧やんけ、今度来たらゆうたろ、どういうつもりなんやと。こんな有様では安心して便も出来ん、べんべん、とくら、ゆうとる場合か。急ぎ足で厠を出て居間に戻るとお膳の上には手土産が乗っかておるではないか。おい、しらたき弥五はもう帰ったんか。帰ったで。なんかゆうてたか。ぼくの顔をじっと見て、もう糞溜め嵌まったらあかんで、てゆうた。それだけか。うん。なんなんやあいつは。よっしゃ今からちょう弥五やんとこいてくるから留守番しとき、ええ子にしとくんやで。ぼくも連れてってえな。今日は弥五に大事な話しに行くんや、おまえは家でおとなしい待っとき。嫌やって嫌やってぼくも行く。しらたき、すぐ帰って来るからな。嫌やって嫌やって。泣いて駄々をこねるしらたきを置いて俺は家を出た。夜道を歩きながらやっぱり明日弥五やんがうち来た時でよかったんちゃうかと思ったが、しらたきには何でも世の中思い通りに行くと思わせて実は飛んだ酷い世界ではないかと思わせ振りをさせるのは残酷なことで今から教えといたほうがしらたきにとってきっと良いはずやと思い俺は足早に蛙の鳴く畦道を進んだ。行きつけの居酒屋に弥五やんを誘い座敷に向かい合わせて酒を汲み交わし、なんや楽しい気分になって来て弥五やんがやはりしらたきの旦那になったら一番ええんちゃうかなと思えて来たので、よろしく頼むで、と云うと弥五やんも桜色した頬で訳もわからず調子良く、任しとき、などと言って俺達は肩を組んで帰り道をふらふらと唄いながら歩いて家々に堂々と帰ったのだった。

しらたき、すまん、すまん。泣き疲れてしょっぱい枕でぴいぴい鼻を鳴らして眠るしらたきに向かって俺は酒の余韻で泣きながら謝った。
床に就き酔いが覚めて来ると、やはり弥五にはくれてやるかと隣の布団でまだぴいぴい寝ているしらたきの顔を見ながら思うのだった。