月別アーカイブ: 4月 2011

天の白滝 十七

宿みたいな場所の出口は思ったより容易に見つかった。しかし出たところ洞窟内の道には蝋燭が列んで置かれているし、一体この洞窟はなんなのだろう、さっきは人が普通にいたし普通でないものも普通にあったけれども、俺は思い出して肩を見ると何も乗っていない、ふわふわ、ふわふわ、消えた、さみしいかった。しらたきの行方もわからないままやし。腹も減った。しかし俺は猛威を振るい薄暗い洞窟道を走った。ガルルルルルとかゆうてたかも知れない。獣になりきりしらたきを見つけ出す欲望唯一つの精神で走っていたら左から灯りが漏れていたから立ち止まって覗いてみると、獣臭が凄かった。開けた場所には男が一人と幾つもの囲いの中にいる獰猛そうな野犬が何匹も入っている。俺は先程まではガルルルと吠えていたが急にキュウン?という気持になり、怯えたが気になるので入って行って、男に声を掛けた。
あのぅ。
男は特に吃驚もせず応えた。
はい、なんでっしゃろ。
俺はしらたきの背格好を言い見なかったかと尋ねると、知りませんねぇと応えられ、俺は、あ、そうですか、ほな。と言おうとすると男は話し出した。
見てください、この犬たち、全部わたしの犬たちなんですよ、いやね、元々動物好きなんだすねん、それでこれみんな野犬を捕まえて手なずけてるとこだすねん。あ、ちょっと待っててください。そう言うと男は岩陰に引っ込んでしまった。
なんで、待たないかんの、俺急いでんのに、と思いながら待つとすぐに男は現れた。両手に何かを抱えていた。見るとそれは見るからに瀕死の子猫だった。男はその子猫を野犬のいる囲いの中に入れた。俺は焦眉の光景に動揺しておると、男は話し出した。
向こうではね猫をようさん飼ってましてね、子猫は弱いですからよう死ぬんですわ、ですからこうやって、ま、可哀相ですけど犬にやるんですわ。
俺は意味がまったくわからず混乱した。犬は今にも子猫に喰らい付こうとしている。俺はあたふたしながら言った。
いやっ、だからって、なんで、生きたままやんの?それやったら息の根止めてからでええやんけっ。そう言いながらも犬の興味をどうにか逸らそうとして犬の前に手をひらひらとさせたり子猫を離そうとしては犬に噛み付かれそうになり慌てて引っ込めたりしていた。男はそんなことはどうでもい、瀕死の猫はもう死んだも同じというような顔で聞く耳持たずとして何もしてくれなかった。俺はどうにか子猫を助けたかった、生きたまま喰われるのはあまりに残酷ではないか、瀕死ではあるがそれでもまだ必死に生きようとしているのだ、あんまりではないか、こんなに弱って逃げることすら出来ない子猫を犬の前に差し出すなど考えられない。その時、俺のすぐ後ろに虎のようにでかい猛犬が別の男に連れられ入って来た、俺の方に近付いて来る。俺は兢々に退き尻を地面に叩き付けていると巨犬はのそのそと俺の横を通り過ぎて行った。俺ははっと子猫の方へ戻って見ると、子猫の頭は既に、殆ど喰い千切られて三分の一程しか残っていなかった。それでも生きていた、悶え苦しみながら動いていた。俺は腰から力が抜けて、子猫の苦しみを思って柵にもたれ掛かり呻いた。皆殺しにしたい思いに駆られた。子猫を喰い殺す野犬も此処にいる人間もすべて殺してやりたい気持が湧いて来た。しかし俺は何もせず、とにかく一秒でも早く子猫の息が絶えて死ぬことを願望しながら悶え苦しむ子猫を見ていた。子猫の動きが止まると俺は何も言わず立ち上がり、またしらたきを探すことに専念して走り出した。走っていると心の中の殺伐さは抜け落ちて行き、ただあてどない淋しさだけが残っていた。

一体どれだけ広い洞窟なのか、走っても走っても道は続くし、灯りは絶えないことから人々が常時出入りをしているらしい。道は行き止まりになったかと思うと横にはこんな処に広い階段が造られており、俺はその階段を上って行った。

階段を上り終えると、何か別世界のような場所に思えた。まず地面も壁も天井もみなすべすべとした質の石の面を磨いたようなもので出来ており、またどれも白い、舶来物みたいな造りである。そして全面にあるくり抜かれた窓から見えるのは青い海、そして広闊な野。おかしい、いくら随分と歩いて来たとは言ってもこんな海のある場所まで歩いて来た筈はない。俺はその場に茫然としていると、四人もの若い洋服を着た男がやって来た。何か話をしているのだが、どうも演技臭い、すると一人の男が、もう一度やり直そうと言った、どうやら演技の練習をしているようだ。四人の男の中の一人の顔を見て、俺は瞬時胸を鷲掴みにされたようになり、身体は硬直した。四人は向こうへ歩いて行き、また同じように話ながら俺の前を通った。俺は気付くと咄嗟に一人の男の腕を掴み問い質していた。
親父、親父なんやろ?俺、俺のことわかるか。
そう震える声で俺は言っていた。
若い頃の親父に酷似したその男は、冷たく俺の腕を払い除け少し機嫌を害したという顔で何も応えずまた演技に戻り出て行ってしまった。戸には鍵をかけられたのか開けることが出来なかった。俺は少しここで待っていたらまた会えるかも知れないと思い、窓から景色を眺めた。広い野は枯れた色で寂しい風景だなと思った。そこに体長が多分七尺近くはありそうな鶴のような鳥が何羽も戯れていた。そんな光景を見ても先程の衝撃に比べたら特に驚かなくなっているからか俺はぼんやりと眺めていた。気付けば俺の頬には熱い涕はどくどくと流れ出した。俺は何故殺してしまったんだろう。親父にまた会いたい、そして、許し合いたい。殺したこと、親父は許してくれるだろうか。会って聞きたい、許してくれているのか、今でもまだ許されないのか。待てども待てども、若かりし頃の親父にはもう会えなかった。


天の白滝 十六

雨ん中ずんずん歩いてゆくしらたき、俺の声聞こえんのか、烈しい雨の音に掻き消されて聞こえんわけやね。俺は三回くらいこけたりしたから泥だらけ、しらたきが遠ざかってゆく、追い付けそうにない何故だか、俺としらたきの距離がちっとも狭まらない、どうしてよどうしてよどうしてなのよ、どうして一向に近付けはしないのよ。しらたきっ、と何遍も何遍も叫ぶ。振り向いてくれない、もしやしらたきは聞こえてる?俺に愛想つかして聞こえてるけども、聞こえない振りして振り向かないのか?俺嫌われた?昨日なんかした?俺ってもしかして。俺は昨日の晩家帰って来てからしらたきに旅出るわ言われて寝られひんかったからまたあれから酒飲んだのよ、そう、で?なんかそういやなんかした気ィしますね。俺は記憶を呼び起こしました。あっ、あっ、あれや、あれやわ、やっちゃったんだ俺、そういや、いやね、泥酔してたからやわ、しらたきが可愛いてならなさすぎて、ついやっちゃったんだ、寝ているしらたきに接吻しちゃったんだわ、わし、それでかっ、それで、しらたき起きてたんや、俺が就寝中の身のしらたきを襲うその現実に最早絶望しきって、二度と口も聞きたないわいたわけ、とそう思たんや、きっとそう、ああ俺も絶望だわ、しらたきに嫌われちゃっちゃ生きてる意味なんてないのよ、そうでっしゃろ?俺は、死にます、死にます、死にます。死にますっ。と俺は土砂降りの中仁王立ちして叫んでいた。俺っ、死にますうっ。ふたら、もしやしらたき振り返るのとちゃうかなあとどこかで信じている俺がいた、俺はなんちゅう卑怯、そんな俺にしらたきは振り返るはずはない、振り返らない振り返らない絶対に振り返らない。と思いながら俺は遠ざかって行くしらたきを見つめていた。しらたきは本当に振り返らずすんすん歩いて行ってしまっている。死にます、死にます、死にます、俺本当に死にます、と脳内では囁くように繰り返されるが、俺は、めらめらとぎんぎんと生きたいという願望が湧き腐り、腐ってしまった、俺は腐りながらしらたきを追い掛け追い掛け追い掛けてしらたきの愛しい小さな背中に手が届く一寸前で、手を掴まれた。何にか。目に見えないもの、目には映らないもの、空気、みたいな何かに掴まれましてしらたきの背中に触れることすら出来なかった。悲しかった、露骨に悲しかった、目の前にしらたきおんのに触れられることさえ叶わぬ現実が悲しくてならなかったし、またとんでもなく空虚を感じた、しらたきは俺を必要としなくなったんや、俺とおりたくないんや、俺の接吻そんなに苦痛やってんや、あっ、俺、酒臭かってんやったあっ、せやからか?せやから?あまりに酒臭過ぎて、もう厭みたいな俺に触られたくもない、そのしらたきの保身膜みたいなものに妨げられたんや俺の手、もう一生触れられない。もう一生しらたきに嫌われっぱなし。もう、生きられない、生きられない生きられない生きられない生きられない生きられない生きられないから死ぬる。俺は脇に差したままにしていた脇差を抜くと、己への殺意をみなぎらせた、側のぬかるんだ場所を敢えて選びそこに坐り自害しますよ、今から自害するんですよという風圧気圧みたいなものに自分が遣られてしまい疲れ果ててしまった俺は何をしているんや、なんやこの一人芝居、しらたきを俺は止められんのか、くえぇっ、苦しい、俺は今実に苦しい、しらたきはまたそないだにつんつん遠ざかってゆく、どないしょう、とにかくこっそり後をつけるしかありまへんやん。泥々の俺は後を着けて行く。
何故かその瞬間からっと雨はすっかり上がった。しらたきを追い掛けて俺も旅をすることを決意した。しらたきはずんずん脇目も振らず歩いて行きやがて山の中へ入って行った。休みもせず歩いているが不思議と疲れは感じなかった。しらたきが通り過ぎた澄んだ小川には目高が何匹かちよちよと泳いでいた。夕暮れ空の下楽しそうに泳いでいた、俺は切ない気持になった。どんどこ進んで行く、薄闇の中しらたきは怖くもないのだろうか、そう思いながら後を着けていると、しらたきは洞窟の中に入って行った。俺の心は不安と淋しさで至極静寂であった。俺も洞窟の中に入って行く。外よりも大分暗い、しらたきの姿が見当たらない。洞窟内は狭い通路が入り乱れているようだ。勘の赴くままに突き進んでゆくと小さな沼があった。黒い水の中を覗くと魚が泳いでいる、背鰭がぎざぎざの胴には縞模様のある魚だった。水面にはあらゆるものが浮いており芥だらけであった、それらと一緒に緩やかに流れて来たものに俺は驚愕慄然した。何か板のようなものの上に乗っかって流れて来たそれは人間の頭蓋骨であった。しかも真っ黒な頭蓋骨である。俺は慄いてその場を離れようと辺りを見渡すと沼の上にはいくつもの黒い頭蓋骨は浮かんでいた。はて何故こんな所にと思うが沼の側に宿のような場所があり沼と中が繋がっているようだった。俺はその奇妙な場所に上がり込んだ、宿を抜けて道を進めないかと思ったのだ。しかし座敷に上がると疲れが一気に落ちて来て少し休みたいという心持ちになりへたり込んでいた。座卓以外何もない座敷だった。すると突然俺の顔と体中に何かが纏わり付いた、体の表面を走り回っている。俺はそいつを捕まえてよく見た。ふわふわとしていた、大きな鼠かと思ったが変にふわふわとした茶色い奴だった。俺に害を与える気は全くないらしい、俺をただ見つめている、可愛いと思った。手を離すと俺の肩にそいつは鎮座した。まあええか、と俺は思った。寛ぎを感じていると突如二人の男が座敷に現れた。二人ともぎこちない歩き方だった、いかにも体が不自由そうだし、体中縫い傷だらけである。俺はかなり脅えたが、勇気を少し出して一人の厳つい顔の男に声をかけた。
あの、すんません、娘が此処を通って行ったかも知れんのですけど、見かけはりませんでしたか?男は俺を奇妙なものでも見る目で、この世界に対して自分は脅えているというような顔で、
さあ、知らんなあ。
と力無く返事をして、もう一人の目を見開っきぱなしみたいな男に向かって、おい、お前見たけ、と声をかけると、もう一人の男は目を見開きながら、んなもん見よらんわ、と言った。
一体何故こんな所にいるのか、この宿はなんでこんな場所にあるのかと聞きたかったがやめた。得体の知れないことばかりで恐ろし過ぎた。しかし俺の肩にはふわふわが寝息を起てて寝ているし、なんだか癒される。妙な妙な妙な気分。さっきの沼と繋がっているから沼の入り江が見えるのだが、今一瞬そこに目をつむった生首が地面の上にあったように見えたのだが気のせいらしい。あれ?でもその生首の顔と今声をかけた男の顔が似ていたぞと思い振り返ると誰もいなかった。寂しくて少し戦慄いていた、た、たたたた、しかし俺の肩にはふわふわが。ふわふわが、ふわふわが。俺は気を取り直して無理矢理寛ごうとしていると障子の向こうには別の部屋が右側にありその入り口から何か人が何人もぴょこぴょこと顔を出したり腕を出したり引っ込めたりしている。明らかに俺に見せて関心を煽っているように思えるのだが、しまいには部屋から出て来て怯えた顔で直ぐに引っ込んだり、わけのわからない、俺は気になって、不気味であったが部屋を覗いてみた。部屋の中には一人の小僧がいた。一人しかいないことにおかしいなと思っていると小僧はにこにことしながら俺の膝上に座りうへへへへっと笑い出した。俺は、さっきまでは怯えておった小僧が俺を怖い大人ではないと近くで見て一瞬で判断したのかと思い、白痴のような小僧に乗せられ、ははは、そうか、楽しいんけ、と一緒になって遊んでいて、しまった俺はしらたきを追い掛けんければならんのだと思い出し、もっと遊びたがる小僧にすまんと言い残しさみしがる小僧を後にして走って出口を探した。


天の白滝 十五

罪というものがあるとするよね、それを贖う為人は苦しむ、それは一体誰の為?己の為か、殺した人間の為か、いや、どちらも違うように思う、それはそれらを超えたところにある何かわからん想像だに出来んものの為に、俺は苦しむ、苦しみ抜いて生きねばならない、わけもわからず狂い咲きて無常の上に散り果てぬ、それがこの世の掟であり、逆らずんば其処はただ鬼畜生に落ちて意味もなき生に終り、何の為にもなっていない、人は苦しんでこそ罪が浄化されるのであるからして、せやから、こうして苦しいっちゅうのんは、誰かは何処かで喜んでくれていると思う、そして、しらたきの存在はそんな俺を救いに来た存在のような気がする、俺をさらに苦しみの奈落に落とさせる為、しらたきは俺の前に現れてくれよった、そして今度は俺から去ろうとしている、俺をまた孤独の曠野へと戻す為、更に苛酷な野に晒しめて救い出そうとしてくれている、そんな、そんな、そげそげな、わかっているけれども、俺よ、堪えられぬ、一張羅羽織り土手で一升瓶一気飲みしてその瓶で己の頭かちわりて死ぬる、そんな将来が俺の頭の上を揺洩、何故一張羅羽織ってんのか知らんのやけども、てなんやこの酒臭い口ん中はっ、酒飲んでも寝られひん、しらたきがおらんなるなんて考えられん、考えられん考えられぬからやはり行かせるわきゃ、わきゃ?わきゃきゃきゃん、ぬとと、俺のあほんだらっ、しらたきを縛ってどないすんねん、そんなことは俺ァしたないんや、せんとこうよ、な吾よ、しかし、しかし何処旅すんねやろ?心配でならんがな、ここはしらたきの命を守る為俺はしらたきに気付かれんよう後を着いてってこましたろうよ、うん、それが良いよ良いよ良い良い良い。

ずんずん歩いて行くしらたきを追って樹の蔭に隠れたりしながら見付からんようにしていたらしらたきの前に凶漢そうな大熊がぬうんとしらたきを狙っているではないか、どうする、どうする、俺は猟銃を持っていたので、ずだん、と打った、しかし俺の腕前は最悪で見事当たる、大熊の心臓、ではなく、しらたきの心臓に、しらたきは音もなく倒れる、遠目から見ると仰向けに倒れたしらたきの体から一斉に紅い花が咲き乱れて行くようで美しいけれども、あれ?と思う、花やと思っていたのは実は赤い丸々とした大蛙たちでその質感がなんとも言えず気色の悪いと思うとその蛙たちはしらたきの肉で出来ており、しらたきの胸の中からわんさか這い上がってくる、ということは、しらたきの肉体が蝕まれているわけだから俺はなんとか蛙たちが出て来るのを食い止めようとしらたきに近付こうとするのだが足が地面にいつの間にか膝上辺りまで埋まっており土が固まっていて全然動けない、だから俺は赤蛙たちを殺せばいいのかと思い猟銃を構えるがしかし赤蛙はしらたきの肉であって肉が減ってしまってはしらたきの細い体はもっと痩せこけてしまう、それも心配やし、殺すことも出来ない、どないも出来ない苦し紛れの俺が頭を度突くと心頭に皹が入ったようで何か変な白い蛭みたいなんが俺から落ちていく、びた、びた、びた、うねうねうね、それを意気揚々と見付けた赤蛙たちが飛び付いて貪り喰らう、一体君たち何喰ってんの、それ俺のなんか大事なもんとちゃうのん、ちょう喰わんといてえな、俺の魂とかとちゃうん、もしかしてそれってば、ちょうちょう待って待ってえな、しかし君たちはしらたきの肉から出来ているのだからしらたきの分身みたいなものやんね、それやったらしらたきが今喰ってんのん?俺の魂を?はは、ならええわ別に、喰いたいだけ喰いぃよ、ほほ、てかそんなに美味いん?めっちゃ喰いついてるけど、どんな味なんやろ、俺も喰ってみたいなあ、はは、己れのたましひを、はは、なんかさっきの大熊が白けた顔で俺見てるよ、はは、殺意さえ喰われて行くよ、びた、びた、びた、

びた、びた、びた、俺の頬に落ちる、俺のたましひ、あれ?ああ夢、か、なんや、雨か、洩れとんのか、ああまた修理せな、てしらたきおらんがなっ。俺は勢い良く起き上がり過ぎてふらついて柱に思い切り頭をぶつけながら走って裸足で戸をがらっと開けて外を見ると土砂降りの雨の中しらたきの後ろ姿が小さく霞んで見えた。しらたきっ。叫びながら雨の中俺は追い掛けて泥を蹴りながら走った。


天の白滝 十四

なんか知らんけどもこの世界っていうのは事を起こすとその通りに事は起きるよね、何故?いや、それがこの世界っちゅう場所みたいなんやけども、実際の場所ね、自分の起こした物事はそのまま現れる現実という場所、例えば俺は今生きているみたいやから死ぬことが出来る、それは酷く簡単である、なにそこにある包丁でも持って来て思い切り胸を一刺しすれば忽ち実際に死ぬからである、正常と異常というものの考えがこの世にはあるが俺が突然今狂って事に及ぶ、誰が何思おうと俺の中では正常な行為で結果なので誰が何言おうと気にすることではない本来、その筈、そう思う、俺のことだけやなく、すべての人間生き物が生まれてきたんで生きている唯、なんで生きているかというと、よっぽどの事の連続が起きているだけ、よっぽどの事とは何かというと、あらゆる事全部である、例えば俺が今放屁する、よっぽどである、なにゆえか、それは本当に自然に起きる事だからである、やっぱり人が近くにいるし臭い顔で睨まれたら嫌やしな我慢しょ、思て放屁しない、これもよっぽどである、迷いが起き断念し放屁をしなかったという現実が起こったからである、よっぽどのことがあり俺は屁をこかんかった、そりゃよっぽどやで余程自ずと然り、自然にすべて起こる、起こさしても起こさせんでも超自然な存在と出来事、俺は誰をも殺すことが出来る、相手が目の前にいて俺の手には凶器があるならば、誰でも、事を起こすことが出来る極簡単に、とてつもなく愛おしむ愛してやまない存在でさえも、一瞬気が違って鈍器でも振り下ろすだけで殺してしまえる、しらたきでさえ、訳もわからないうちに死んでしまう、それはよっぽどな自然な出来事で、それは現実に起きてしらたきは瞬く間に死体と化してしまうし、戻れないんやろし、意味わからないし、俺は俺なんやろうけど一瞬俺でなかった、俺が思う俺でなかっただけで、俺が思う俺は俺の望む俺であって望まない事を起こしたとしても俺がしたことになる、なんでなの、俺は己だけの人生生きている訳ではないと思うんよ、時たま他の人生が入り込んでなんやわからんなって知らん間にも俺以外の人生生きてはそれ合わして自分やて思い込んでるだけちゃうん、て、てことはやで、俺は俺だけを生きていないから俺と言えるのか、俺ってそもそも誰なのよ、ねえ俺、おいこっち向かんかい我、なんやねん、振り向いた俺、俺の知らん俺、ああ知らん俺は俺知らん、誰、俺がわからない、おいわれ殺すなよ、なんじ殺すなかれ、今なんじ、十時、開くの十字架、おい聞けやわれ、なんやねんわれ、殺すなよゆうとんねん、殺すわけあるかわれ、ほんまやなわれ、ほんまやわれ、ああ良かったてお前俺ちゃうやろ、お前こそ俺ちゃうんちゃうの、えっいやいやいや俺でしょ、しらたきを心から愛しておるのが俺や、そんなら俺やな、ああ、悲しいよ、俺はしらたきを殺すことが出来うるこの世界が悲しい悲しいよ、殺さない世界はないのか、絶対に殺されない世界は存在しないのか、なあ神さん、この世界はそれだけであまりに悲しいよ、一番愛おしい存在を絶対殺さへん俺は何処にもおらんというこの世界は悲しすぎる、殺したないのに殺せてしまえる世界は何の為に在るのか。

 

身体が急にでっかくなったしらたきを連れて家に帰り、寝た。といって直ぐに寝れる訳ではなかった。しらたきはしらたきなんやけども六歳児ん時のしらたきとまるきり同じではないよう、悲しい、俺が知らん間に一体何を経験したっちゅうのんか、聞いたらわかるんか知れん、けども聞くのが程辛いなあ、しらたきに話させるのも苦しいなあ、まあしゃあないなあ、寝よ。隣をちらと見るとしらたきは横向いてじろっと俺を見ていたから。しらたき、どなしてん、寝られんのけ。と言うと、しらたきはこう言った。ぼく、なんか間違ってる気ィがする。俺は悲歎となったが。何が間違ってんねや?ぼくな、明日からちょう旅するわ。えっ、そ、そんな急な、なんで、なんで?俺を置いて?置いてけぼりで一人で行くのん?何故何故?と俺は思った、吃驚して、そいでこの淋しいさと言ったらないよないよ、ない、どうしたらええっちゅうのんなあ、止める?止める、そんな、そんなことは出来ん、なんぼなんでも、しらたきには幸せになってほしいし、しらたきの思うままに生かせなくちゃあならねえよ、でも一応聞いてみよ。おっ、おお、旅かあ、ええなあっ、せやが一人やと不安やろ、俺がついてったろか?いや、ぼく、ひとりでゆくねん。ぎゃふん。今はこうゆうてるけどもやね、明日ん朝なたら気持変わっとるかも知れんし?ははは、不安になるでないよ俺、まあ寝ようよ今日は。な。俺は己の胸中を宥め、眠りへと誘うよう無心を心掛けて寝たふりをした。外で鴉があぁほ、あぁほ、と鳴いていた。


天の白滝 十三

とその時何処から入って来たのか一匹の白い野良犬が俺としらたきの横を走り抜け、さっき出て来た部屋の前に何故だか座り込んだ。俺は、なんやあの犬、と不思議に思い部屋の前まで行くとおとなしく座っている犬が可愛らしく、そうかこの部屋に入りたいんやな、と唐紙を開けてやった。すると部屋には丁度弥五の一人だけで、行き成り犬が飛び込んで来たのに驚いた顔の弥五と目が合う。やがて、しらたきもなんやなんやという顔で入って来て俺は唐紙を閉めた。犬は部屋中を走り回って本当に心から楽しいという顔で走っている楽しそうなので俺もつい犬の後を走って追い掛けた、おうわあああああっなどと叫びながら。すると今度は紅潮した出来上がっておる弥五も一緒になって走り出した、するとしらたきはいつもの調子で体は成人なのに元の子供のようにうきゃきゃきゃと走り回り出した。楽しくて愉しくて仕方ないからそうやってみんなで何も考えずただ走っていた。とうとう走り疲れて、畳にそれぞれ寝転がり、犬もはっはと息を切らしておった。三人で我も忘れて白痴か幼児のように駆け回った後に各々自分の世界に戻って行くようだった。俺は静かに目を瞑った。目の裏には何も映らないただ寂しい闇は広がった、がそれが寂念という悟りの境地に至ったわけではなく、こう思いは溢れた。ああ、人は誰しもが寂しく哀しく自己をも訳のわからぬもので未熟であり孤独と空虚の苦悩からは離れることはないものなんやなあ、と。俺は今まで何かに必ずしがみつき生きてきた、或る時は家族、或る時は己、或る時はしらたき、今それが何もないように思う、今は多分誰にも執着をしていない、寂しくて空虚でもあるのに対して何だか安らいだ感覚の一時これも一つの幸せであるのやも知れず、また執着、愛着に狂わされるかのように波乱に生きることになるまでの休憩みたいなもんを今俺は貰えてんのかなあと思っては、ああ、人というのは皆違っていれど己と変わるところはそれ程なく愛しい存在であるもんなんやなあとすべての納得に到った。そのまま三人共少し眠ったようだ。何人かでいろいろ考えながら話ながら模索しながら海の近くか何処かを何か探し歩いていた夢を見たようなそんな夢は見なかったような。

一足先に目を覚ました弥五が寝ているしらたきの方を悩ましげに見つめており心配になり起き上がった。弥五と対坐して緊迫を押し退けて口を開いた。あんな、弥五、よう聞いてくれ、こいつな、実はしらたきなんやわ。おう、しらたきやで?えっ?知ってたんか。名前くらい知っとるわさ。いや名前やなく、俺の娘のしらたきやて知ってたん?そう言うと弥五はあからさまにけったいな奴を見るような目で俺を直視して、兄貴、何ゆうてん?と言った。いやな、信じられんと思うけどな、こいつしらたきなんやわ。そんな冗談はやめてくれや、真顔で。せやから冗談やのうてな、ほんまやねん。いくらしらたきと顔とか似てるゆうたかてそれはないやんけ、兄貴正気か。俺は正気やで、お前が信じられんゆうても事実なんやさかい、しらたきをお前に嫁にやるのはな、もうちょっと考える、すまん。わいの銭なかったらこっから出すことも出来んちゅうによう言うわ。それやったらお前かておんなじやんけ。うっ、せやけどわいの銭は三分の二ぃくらいやしな、そんな冗談付き合わん、正直にゆうたらどないやねん、惚れたんやろ、あの娘に。ちゃうわっ、あいつが俺に向かって、あんさん、とこうゆうたんや。それだけでしらたきやと思い込むん頭どうかしとるわっ。なんやて、お前それでも娘を親に貰う態度かっ。兄貴は親ちゃうやろがっ、二人で俺を騙してとんずらするつもりか、許されへん。憤怒極まった弥五は懐に手を突っ込み脇差を手に取り俺を畳にぶっ倒して首筋に脇差を当てた。わいは、わいは本気やねんで。と声を震わせで目を赤くして俺に訴えた。せやったらお前のその本気見せたらんかい。ふぐっ。その瞬間弥五の怨敵を睨み付ける顔から一気に表情が抜け落ちた。弥五の背中の上にしらたきが男っ気のある格好で乗っかっておりその背中には小刀をざっくと突き刺しているのが見えた。弥五の顔は見る見るうちに青ざめて行く。しらたきは弥五に向かい言い放った。弥五、お前ちょっとでもその刃ァ動かしてみい、この背中に突き刺した刀が心臓もろとも射抜くど。俺は心がじいんと震えた、なんてしらたきは侠気に溢れた娘であろうか。当の弥五は違う意味で心が震えておるに違いないのだが、俺はそれにしてもしらたきの着物の裾が捲れ上がって白い足が太股近く見えているので気になって仕方がない弥五が振り返ったら俺が弥五を殺そう。青い顔の弥五が口を開いた。へっへ、しらたき、降参や、参った、参ったあ。しらたきが刀を抜くと血が溢れ出し急いで俺は着物を裂き応急処置を施す。思ったより深く行っていたので医者を呼んで貰い治療している間俺はしらたきを連れて帰る為銭を持って店の者に話を付けに行った。しらたきは無口で不気味な娘やったから丁度よかったわいと言われ殺しそうになったが思い留まり部屋に戻ると弥五としらたきは犬とじゃれ合っておりその光景に少し嫉妬を覚えたので、俺は残りの酒を飲んだ。畳の上には血の付いた小刀転がったままかいな、ははは、弥五が犬に背中乗られて痛いたいたいたいいゆうとる、ははは阿呆やな、さてっと、けえろか。ばうん。なんでお前が返事すんねん。わはははは。はは。と皆笑顔。幸せやと涙出て来るわ。ほんま、人は執念深いか思たら忘れっぽかったりおもろい生きもんなんやな。


天の白滝 十二

俺に殺されたいんやろう、俺がおまえを殺すには訳があるよ、それをおまえは知ってる、俺は永遠におまえを愛してる愛してる愛してる、死んでくれ。俺は拳銃をぶっ放す、ぶっ放す、ぶっ放す。桜の樹の根元に真っ赤な花片舞い散れる。愛おしい顔の原形は見当たらないのに、どうしてこんなに美しい。そっと躯を抱き寄せる、温かい。灯油を頭からかぶりマッチで火を点ける。肉の燃え行く音の中で心は無へと遠ざかって行く。

初めてしらたきに出逢った時、俺は体が震え脅えと同時に今までにない喜びを感じた。しらたきは赤ン坊だったが異様に白かったから白ン坊だった。俺が女であったなら自分の乳を吸わせて育てたいぐらい愛おしかった。俺は父親になりたいわけではなかった。ただこいつと一緒におりたい、傍で生きてたいと思った。 しらたきを殺すかも知れんという己に対する疑念が離れなくなって苦しいあまり正気でおるのが難しかったがそんな素振りを見せないようにしてしらたきと暮らしてきたけれど、しらたきが俺とおって苦しいのなら離れる覚悟をせないかんのやろな。ようわからんけど、一緒におる所為で二人共不幸になるような気ぃがしてならん、せやから今俺はどっちかに向かってるみたいやけども、しらたきがおる方と逆の方を望まなくてはならない、てことは、しらたきは生きているはずやから俺は死ななければならない。青黒い水ん中を光る帯がゆらゆらと舞う。俺を助けようと縛り付けていた白い帯を俺は解き手放した。

夜中に目が覚めて隣を見てもしらたきはいない。俺の寂しさと哀しさは底が抜けて真っ逆さまにがらんどうの筒の中を落ちつづける。俺は、間違った。それから廃人の如く過ごすしらたきが不在の世界が廻り続けて行く。俺はある日死のうかなと思って包丁を前に置き座禅を組んでいると、引き戸をドンドンと叩く音が聞こえて、兄貴ぃ、おるけ、と爽やかな声で弥五の野郎が呼んだ。おいおいこんな時に、と俺は包丁を蒲団の下に隠し、なんやねん、と酷い険相で出たので弥五は、仰天して、うわっ、と言った。兄貴、ちょっと相談があんねやわ、今ええか?と弥五は聞いた。俺は、死ぬ前に相談くらい聞いといてやって死んだろかなと思い、ええで、上がれや、と酷いやつれた顔で応えた。弥五の相談事とはこういうことだった、最近通い始めた妓楼におった女郎の小間使いの娘に惚れてしまったのだけれども、娘はいずれ女郎の身にされることが決まっておるのだが弥五はどうしても娘が客を取ってしまう前に金を渡して身請けして嫁にしたいのだが、 銭が足らず、渡して貰えない為、俺に銭を借りに来たという訳である。銭を幾ら積んだところで娘がそれを受けるかわからんらしいが俺は弥五でも幸せにして死にたく、有り金全て弥五に渡し、はてどんな娘なのかを見届けてから死んでもいいだろうと考え弥五と共に紅灯列ぶ花街まで出向き例の妓楼へと足を運んだ。通された揚屋に娼妓らの踊りを見ながら酒を飲んでいると先程とは違う酌婦が二人襖を開けて入って来た。すると弥五が俺の着物の背中をぐいぐいと引っ張る。俺は片方の娘の顔を見た途端放心状態へと陥ってなかなか抜けなかった。なんかこんな場面を前にも経験したような気がしてならない。娘は俺の杯に酒を注ごうとしながら俺をまるで人間以外の生物か何かを見るようなきょとんとした目で見ている。そないな目で見られたら俺は、俺は。俺は涕が零れそうになり頚を傾げて 目を逸らした。逸らした先にあるのは気色の悪いくらい照れて頬を少女のように赤らめてにやにやとしておる弥五の顔でこれも少し居た堪れない感じだったのでまた向き直ると娘は少し困った顔で俺を眺めておったので、俺は、あっ、その顔も、駄目、と思い狼狽しておると、弥五が横から、兄貴どないしたん、酒注いでもらわんの、と言い俺は杯を持ち上げると手が異常に震え、杯を置いて立ち上がり、あっ、ちょう俺厠行て来るわ、と部屋を出ていこうとすると娘は、それなら案内致しまふ、と言い、あっ、いやええよええよ、と言うのも聞いてはくれず俺の前をちたちた歩き出した。廊下の硝子戸から見える枝垂桜が枝に無数の白い花をつけ垂れ落ちていた。前を行く娘の華奢な腰を締めている帯を見ると桃色と浅紫の小さな花模様で、同じ色合いのしらたきの浴衣姿が目に浮かんだ。しらたき、と不意に俺は呟いた。すると娘はつと立ち止まり振り返った。俺は極自然に娘を抱き締めた。すべての記憶は蘇る。怖くないか。俺はしらたきに言うと、しらたきは顔を上げて満面の笑みでこう言った。ごっつい怖いで、あんさん。


天の白滝 十一

俺の愛しいしらたきが俺の前からおらんなったら俺はどないすればええの。わからないわからないわからない。しらたき、おまえの過去がどんなんであろうと俺には関係があらへんよ、おまえが一番大事やっちゅうことに一つとて変わることはない。俺は黙りこくるしらたきに近寄って行きしらたきを強く抱きしめた。そぼぬれたしらたきは冷たく細い体はしなやかに、ぎゅうと鳴った。途端とてつもない哀しみが襲った。俺はそっと体を引き剥がしてしらたきに接吻をした。しらたきは在らぬ方を見詰めていた。あまりに哀しく俺は側にある青黒い泉に自ら嵌まった。深いようには見えたが思ったよりも深く、また泳げると思ったが体がまったく泳ごうとしなかった為、俺は溺れた。しらたきが白い腕を伸ばしている。届きそうにない。景色は入れ替わる。俺はさっきしらたきに殺されて泉の底に沈められようとしている。俺の屍がしらたきの白い腕に沈められて行く。この上ない快楽を感じる。しらたきが俺を殺すことで俺から離れられんとするならば、俺殺されたい。おまえだけが俺を殺せる。俺の中の内臓たちまで踊り狂っているようだった。こんな歓喜に満ちているのだからしらたきは俺を殺して全然いいんだけれども、しらたきは何考えてんのかな。俺の死んだ後に自ら命を絶ったしらたきの体が俺の足に触れたような気がした。そうかそこにおったんか、しらたき。俺の体の周りを取り巻くぬめぬめとした巨大な魚か何かが何処かへと連れて行く。白く光る帯のようなものが絡み付いてくる。とても心地か良い。せやけどしらたきが愛おしい気持が心から離れない。引き離されるのは心惜しい。ずっとおまえを見ていたいんや。上と下の区別が付かん、どっちかに引っ張られてんのか、どっちかてええんやけど、しらたきがおる方に俺は戻りたい。

ガキん頃よう遠くの渓谷まで行って一人で遊んどった。近所の子供らの遊びの輪に馴染めんかった。だだがむしゃらと川の中を覗いては魚や蟹などを捕って遊んでいた。ある日俺は突然声をかけられた。おまえなんしてん。驚いて振り返ると知らん小僧が突っ立っておった。見たらわからんけ、魚捕っとんやんけ。きゅんきゅんと鳴る鼓動を見抜かれるのは恥ずかしく平然を気取り応えた。魚てなんがおんの。今がぶろがこの石の下におんのや。がぶろてなに。ハゼのごっつい奴やんけ。ふーん。俺はまたがぶろ捕りに集中して石をそうっと剥がしその下に潜んでおったがぶろの後ろに足を着けると同時に逃げようとするのを素早く網で掬い上げた。捕れたど。見して見して。さっきは興味もなさそうなそぶりだった癖に小僧は感嘆な表情をして網の中を覗き込んだ。これががぶろなんけ、黒くて変な顔しとん、これ食うのんか?食えんことないけど逃がしたんねん。なんでや、いかっつい顔しとおから?へほっ、ちゃうよ、可愛いからや。可愛い、おまえはこいつ可愛いんけ。可愛いよ。変なやっちゃな。小僧はそれからというもの俺が魚を捕っているところを側でじっと観察していたり、ぼくも捕ってみたい、と俺から網を奪い川面とずっと睨めっこをしていたが下手糞過ぎるので仕方なく俺が捕り方を教えてやったりした。いつしか小僧と一緒に魚を捕るのが楽しみになって行ったが、夏も終わりに近づいた頃ぱたりと小僧は姿を現さなくなってしまった。十一の夏も蜩の死骸と共に終わった。

小僧は遊郭の主と女郎である妾との間に生まれた息子で遊郭の中で主の親戚の身なし子として育てられたが、女郎に惚れ抜いた若旦那が愛憎の果てに女郎を殺し主も殺して自害した。小僧は十五の年に若旦那をそそのかした遊郭で働いていた男ら四人を鉄砲で撃ち殺し行方をくらました。

小僧は三日間の餓えから民家に強盗に入ろうと決めた。たまたま見付けた民家を狙い真夜中に襲撃をしたのだが、家の中は静まり返って誰もいない。しかし暗闇に目が慣れて来ると土間に誰か突っ立ているのがわかり、小僧は腰を抜かした。闇の中に居る者の手のあたりに何かが月明りに反射して光っていた。風に乗って血生臭い匂いが鼻をついた。月が雲からすっかり抜けて行き段々と明るくなって行く。小僧は闇から現れた顔を見て、あっ、と声を上げた。少年は一瞬微笑を浮かべてその場に倒れ込んだ。小僧はちょっと間そこにいたが、間もなく少年の手から白鞘を抜き、その場で自分の頭に短銃を向け引き金を引いた。