天の白滝 五十九

ほんまやったら、俺は処刑されていた。少年の身であろうと犯した罪は大罪であって家族三人を殺した俺はほんまやったら死刑で恐ろしい刑に処されて死ぬべき人間であった。
しかし罰を免れた俺はこうやってのうのうと生きている。飯を食って酒を飲んで博奕をしては屁をこいたり糞をしたり、時に仲間らと笑ってはしょうむない話をしたりして生というものを受け、存在している。
死ぬべき、と国が決めた罪人がその国の中で生きているということは、国から滅ぼされるべき身であるとされている人間がのさばっているというのは、この国の汚辱であるのだろうか。日本中の人間が俺のことを汚泥であると感じているのだろうか。
ずっとそんなことを思って俺は生きてきた。だから人の目を見ることが未だに怖くて苦手であり、できる限り人と目を合わすことを避けてきた。
例え、辰次郎のような生き菩薩のような人間に、あなたの罪は許されました。と言われたとしても、俺はこのこわばり果てて己の世界を世に映してでしか世を見ることができなくなってしまった俺の鋼鉄のような信条を洗い落とすことはできないと思っている。
警察に追われて追いつかれたら捕まって殺されるから、必死になって逃げている、という夢をよく見る。俺は今でも家族殺しの罪が露見して、警察にしょっぴかれるのではないかという恐れに震えながら生きている。時効というものがあるようだが、いったい今の日本の制度はどうなっているのか俺はよく知らない。知ろうとも思わない。知って、ああ、よかった、もう時効過ぎてるから俺捕まえられへんですむ、うっわあ、最高や、ぃやっほぅ、と歓喜の叫びを上げる俺はどこにもいないからである。
俺はこの罪を手放すとき、俺の本当の死がやってくるときだと信じている。
俺はこの罪と共に死ぬ、それは誰が決めたことでもない、己で決めたことである。しかしそうは思っていても国家に殺されるのはどうしても嫌で、なんで嫌かと言えば俺は国家を愛していないからである。右翼青年のように俺は国を愛している、だから俺は国に殺されても構わない、むしろ本望だ、そんな気持があるなら喜んで刑に処せられるのか、というとそうでもないのは、国の憲法と天皇とは繋がっているようで繋がっていないからであるが、つまり人間というものは愛していないものに殺されるのは嫌なのである。愛されないものに殺されるくらいなら自分で死のうと思って刑が決まっているのにその前に自死を遂げる者がいるのはそのためではないかと俺は思っている。俺も国などに殺されるくらいなら自分で腹を刺して死んだほうがどんなに良いだろうかと思うからである。
俺が今も生きている、ということは俺の中で間違っていることではないのだが、俺以外の多くの人間の中では間違っているとされている。多くの人間の法によって殺されることが正当であるとされている俺の命はいったい誰のものなのだろうか。自分の命というものはいったい誰様のものなのであろうか。神のものか、己のものか、己が愛する者のものか、己以外の知らない人間のものか、辰次郎のようなまっとうに生きる者のものか。
俺の罪とは、いったい誰の手によって贖わされるべきであるというのか。俺は間違った者の手によって贖わされたくはない。もし、間違った者の手によって贖わされた時、贖わした者は過ちを犯したことになる、これは重大なことではないか。人の罪は誰でもいいから罰を与えればそれで良いのだ、これではあまりに暗愚で粗雑な考えだと言える。俺は別に自分の罪を国に罰されたくないからこんなことを言っているのではない。なにかとんでもない重大な間違いを犯しているような気がしてならないのである。
そんなことを考えながら博奕場に着いたのだが、戸の前に突っ立って冷たい風に巻かれていると、俺はなんでか急に気持が入れ替わり、今日辰次郎に謝ることができなければいったいいつ謝ることができるというのかと思い、一刻も早くに辰次郎にこの前のことを謝りたいと気も漫ろとなって俺は来た道を走って引き返した。
先刻に辰次郎が道で坊主を助けた場所に辰次郎はいてなかった。まだ同じ場所で辰次郎が子供を抱いてあやしていたらそれはそれで吃驚するが、いてなかったことに悄然となり呆けたように立ち尽くし、ほどなく、あ、家に戻ったんかもしれん、と思い俺は松河家に向かってまた駆け足で走って辰次郎を探した。
往来を抜けると、枯れたような色の草や木が好き放題に伸びて雑多な景色に入り、そこを小川がちょろちょろと流れている。その向こうに生えた大きな松の木に背を凭せ何かを木筆で帖面に書き記している世に静穏な面差しの辰次郎がそこに立っていたのを俺は見咎めた。
うわっ、辰次郎がおったわ、どないしょ、俺は念願の辰次郎を見つけたものの、自分から声をかける勇気がちっとも出てこず逡巡して、辰次郎から気付いてくれへんやろかと思い、偶然ここを通りかかった熊太郎を演じようと、怪しまれぬようにさりげなく小川を挟んだ向こう側にいる辰次郎の前を行きつ戻りつしたり、後ろに生えた木の表面に手を当てて腕立てみたいな動作をしたり木に額をつけて瞑想を行っている俺という風に見せたり、枯葉を拾っては川に流し、それがどこまで流れてゆくのかを静かに見届けている俺、土に穴を掘り、何か研究対象にしている虫を真剣に探している俺、急に腹に激痛を覚え、道に蹲って艱難辛苦している俺、少しでも体を動かした場合、体内にあるものが下から出てしまうのではないかと静かな面持ちながらも心中では周章狼狽している俺、周章狼狽しながらも瞑想をしてなんとかこの深刻な事態を切り抜けようと目をつぶって心を研ぎ澄まそうと敢闘している俺、敢闘はしてみたが、実際すこしのものが外に出てしまったような気がして空を見上げて絶望している俺、しかし絶望して気を抜いているとすべてのものが安心したように外に出て行こうとするのではないかと慌ててまた瞑想に奮闘している俺、などあらゆることをしながらも自然とこの場所にいる、近くに辰次郎がいるなどとは夢にも思っていない、というような熊太郎という俺を演じてはみたのだが、辰次郎は熱心に何を書いているのか手帖にずっと筆を動かし、まったく俺に気付かなかった。
草臥れ儲けとなって、俺はぽかんと口を半ば開けて放心したように辰次郎を見てしまった。
すると間ンの悪い、俺が見ているときに限って辰次郎は俺に気付いてしまったのである。
はっ、という顔で俺に気付いた辰次郎に俺もはっという顔になって、それでも自分から声を掛けるのがどうにもやりづらいと思い、俺は咄嗟にまたどこかの内臓に激痛を覚えしゃがみ込み呻吟している俺を演じてしまった、すると辰次郎は「城戸はん、どないしはりまった」と心から心配そうな顔をして小川をひょいと飛び越えて渡り俺の元に駆け寄ってきた。
俺はもうこうなったら演技を最後まで通すしかないと思い、うーん、と唸り「あっ、辰次郎はん、いやね、なんやしらんが急ィ内臓の奥んとこらへんが痛んでね、しゃあけろ大事無いでふわ、すぐィ止む痛みやさかい、はは」と嘘をつく痛みに耐えながら腹の痛みに耐えているが大事はないという見てくれそう見えるようにして辰次郎に言った。
辰次郎は真摯にそれを受け止め、「そらあきまへん、城戸はん、わたしの背にはよおぶさってください」と言うのに俺は「いややややややや、ほっんま大丈夫やさかい、ほっといたらもう、すぐィれも立って走て飯喰うたりとかできまっさかい、いつものことなんだすわ」と慌てて応えた。
「ほんまだっか、どこかお悪いなら早う医者に診てもらわんとあきまへんがな、今から一緒に先生んとこ行きましょう」
「いやややや、これはほんっまなんでもない痛みなんふわ、体が悪いっちゅうよりかは多分精神かどっかから来とるもんなんすわ、われの体やさかいわれが一番ようわかるもんだっさかい心配はありまへん、おおきに辰次郎はん」
「そうですか?そうならわたしも安心ですが、しかしここにずっとおっては体が冷えて悪化するとよろしない、どっか休めるとこに行きましょう、さ、わたしの肩につかまってください」
そう言われて俺は困り果て不自然だが、もう治りました、ほらもうこんなに元気と言いながら猿のように木に登ってまた降りてこようかと思ったが、しかし待てよ、辰次郎に謝るのにこの場所で謝るより俺の家で謝ったほうがええんちゃうか、誰に見られるかわからない場所で謝るのは気が引けてしまう、もしそんなところをしらたきに見られてしまったら俺は情けなくて死にたくなってしまうだろう、だからこのまま痛い振りを演じ辰次郎を俺の住み家までおびき寄せよう、と思いなんかおびき寄せるってごっつい嫌な言い方やなぁ、虫かなんかをおびき寄せて殺す、みたいな言い方だなぁと思い辰次郎に申し訳がないという気持ちになったがそれも全部含めた謝意をあとで示さねばならないと思った俺は辰次郎をおびき寄せる為騙すぺてん師のような気分で辰次郎に向って言った。
「ほしたら、辰次郎はん、この道をもうちょい行て右行て左曲がたらわいの住んどる宿があるんだすわ、そこまでちょうすんまへんけろ肩貸いてもらえまっかいね」
「もちろんです城戸はん、ほなそこまでがんばって行きましょう」
そう深切にゆうてくれる辰次郎の肩に凭れ、気まずくまた面映いながらも家へ向った。
俺の住処が辰次郎にばれてしまうのは避けたいことであるのを重々承知していたが、こういう成り行きとなってしまっては致し方ない、そう己に言い聞かせ辰次郎に凭れ掛って歩を進めた。
辰次郎の顔をよく見ることも出来なかったが、先程ちらと見た辰次郎の左の頬にうっすらと傷のようなものがあり、まだ俺の撲ったあとが残っているように見えた。しらたきほどではないのだが、辰次郎も色白の肌を持っており、日によってか、光の加減によってか、青白く見えることもあった。俺がぶん殴ったとき、思いもよらず遠くまで飛んでいったのは辰次郎の力が弱かったからかと思うこともあったが、こうして掴まって歩いていると、思うよりしっかりとした体つきであり身は華奢であったが、骨は太そうだなあと意外であった。おそらく、まさか俺に殴られるとは全く意想外であったため力を抜いて安心しきっていてあんなに吹っ飛んで行ってしまったのかもしれない。
なんて謝ればええんにゃ、とそういや俺は謝る文句を好い加減にしか考えていなかったことに難渋して、本当に胃の部分が痛くなってきた。
男が同年の知り合いの男に向って平謝りに謝る。これはとんでもなくみっともないことであって、どんな理由がそこにあろうと厳烈な苦汁なくしては行えない。
まだ辰次郎が年下であってくれたほうが良かったと俺は思った、同年というのはなんでかわからなんだが、同等、同格であると思うため、そこで対等とならないどちらかが優る、劣る、となった時、劣ってしまったほうはものすごい悔しさに打ちのめされるのである。
しかも今の俺と辰次郎とは目に見えて俺の完敗、惨敗であって、それを更に俺はこれから負けの戦に出ようとしているわけであるが、これを普通にやってしまうとただの醜状をさらすだけに終わるが、俺はそれを少しでも払拭したいが為に、態と自ずから醜態を曝けて辰次郎が俺に本当は謝って欲しいなと思っている隙を感ずる前に、もう前以て先に謝ってしまうという先手を打つ行為であって、そんなことを考えている俺はほんま情けない無様な男であるなあと思って、そう思って俺の心は黙り込んだ。
ちょっとだけ、無になりたい。とそう思った。心を無にすることができなければ、その間だけ俺はこのわびしさの頂上みたいな内的世界から逃れず、あまりの己のわびしさに意識を失うかも知れず、そうなってしまってはせっかくのこれまでの好機を無駄にしてしまう。まあそんなことゆうて意識失うなんてことあらへんねんけどね。兎角、早く謝ってしまいたいと思った俺は、またわびしさの増す、謝れば済む、謝るのは辰次郎のためではなく、己が早くそのことについてすっきりさせたいからである、それはわかっていたよ、わかっているよ、わかっていて、もうどないせえっちゅねん、わかっていてもいなくてもやることはおんなじやんけ、違うのはその心の内にあるもんで、上ッ側でなんぼ謝っても内ッ側で、はっ、辰次郎これでおまえに借りは返したで、もうこれで俺は気が楽や、ありがとう、ではさようなら。ちゅうてても、意味あらひん、俺は決してそんな気持で最初から謝ろうなどとは思っていなかったのだが、なんでこんなことになってしまうのか、わからない。何も考えたくなかった。何も考えずに謝れたらどんなに楽だったことでしょう、ってそう考えるってことは俺は楽をしたいってもう思ってるってことが決定されてしまうというのか、誰に?俺か、俺は決定せざるをえない立場に今、立っているのだろうか。では、決定しよう、俺は、辰次郎が神以て憎い、そしてものすごいことやっかんでいる、しかし俺は謝らんければならん、それは何故かと言えば、しらたきがこれからも辰次郎の側におるからである。俺ではなく、この辰次郎が。
夕闇の降りてこようとする中、俺は辰次郎に寄り掛かって淡く焼けた雲のまだらと同じ色を映した辰次郎の顔の反面を見た。しかしそれは何故か太陽や月を見るのと同じような思いで俺は見ていた。

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